記者の目:保護から管理へ 鳥獣保護法改正
◇科学的・持続的視点を
諦め、むしろ絶望に近い声が全国各地で上がっていた。シカなどの野生動物が激増し、農作物が食べ尽くされ、生態系が荒らされているからだ。国はようやく鳥獣保護法を改正し、従来の「保護」から「管理」へと大きくかじを切った。生息域が拡大している最前線などで集中的に捕獲する。2012年度までの10年間の農作物被害は年平均200億円。樹木の立ち枯れなども考えると、遅きに失した。
私は08年から5年間、長野県で勤務し、食害に苦しむ現場を見てきた。
「ここで耕作することは、シカの餌を作るのと同じだよ」。長野県大鹿村で、葉物野菜や大豆などを栽培する70代男性は嘆いた。被害はこの10年ほどで急増しているうえに、「おいしいところを上手に食べる」という。一度被害に遭えば売り物にはならず、収入はほとんどなくなる。
農家や行政は農地をフェンスで囲うといった「対症療法」で対応した。大都市圏にレタスを出荷する国内トップ産地の同県川上村では、09〜10年度に、農地を含む集落全体を金属製の防護柵(高さ2メートル)で取り囲んだ。総延長は160キロ超と山手線総延長の4倍以上になる。その効果で、農地からシカを排除し、被害は08年度から13年度に10分の1(約1700万円)に減った。ところが、シカの数自体は減らず、新たな餌を求めて、本来は生息に適さない2000メートル超の山岳地帯に向かった。その一例が、「花の仙丈」とうたわれた花畑が広がる南アルプス・仙丈ケ岳(3033メートル)。近年、かれんな黄色い花を咲かせるミヤマキンポウゲなどが食い荒らされて、風景が一変した。
◇狩猟者が減り、個人頼みは限界
長野県を例に挙げたが、東京・奥多摩など40近い都道府県でシカによる被害が出ている。このほか、市街地での交通・鉄道事故も発生し、「災害だ」と訴える自治体関係者によく出会った。植物が無くなれば山肌が表れ、保水効果は低下し、災害を誘発する。
関係省庁や自治体はシカを減らすため、10年ほど前から秋から冬の狩猟期以外の捕獲を認めたり、捕獲頭数ごとに報奨金を出したりしてきた。しかし、1970年度に53万人いた狩猟者が、11年度には20万人にまで激減する一方で、60歳以上の割合も10%から66%に上昇しており、そもそも個人の狩猟者頼りの対策には限界があった。
今回の法改正によって、都道府県や国は、計画に基づいて適正管理を目的とした捕獲に乗り出す。対象は環境相が指定し、現時点ではシカとイノシシになる見通しだ。具体的には、自治体が従来の猟友会だけでなく、高山帯や夜間の捕獲といった専門的な狩猟技術を有する企業やNPO法人に狩猟を委託できるようになった。団体にとって、国や自治体から得る契約金が収入になるほか、ジビエ(狩猟鳥獣)料理への展開など民間の発想でビジネスとして成り立たせる道を開き、将来的な人材の確保をもくろむ。11年度のシカ、イノシシの推定個体数はそれぞれ325万頭、88万頭。環境省は一連の対策で、23年度までにいずれも半減させる目標を掲げている。
◇山林荒廃リスク、都会の住民にも
事業を進める上で、いくつか要望したい。
私は大学で林学を専攻し、山歩きを楽しんだ。その経験で学んだことは、自然を構成しているのは、人を含めたすべての生き物ということだ。シカも生態系を構成している。捕獲ばかりでなく、地域の生態系全体を管理することが大切だ。この視点がないと、シカが明治以降の乱獲によって数を減らし、保護獣となって数が増え、被害を拡大させた二の舞いになりかねない。横浜国立大の森章・准教授(生態系管理学)は「捕獲する数には、科学的な分析を反映させなければならない。行政は組織内に、現場に出向くことのできる科学者を確保するのが理想だ」と提言する。
次に、耕作放棄地が増えたり、森の手入れが不十分になったりして、シカが里山に出没するようになった。土地利用の在り方を含め、シカ増加の原因解決も進めてほしい。
そして、改正法には予算措置への言及がない。シカはほぼ毎年子を産み、その子も翌年には繁殖可能になる。狩猟圧力をかけ続けなければ、ネズミ算式に増える。関係省庁や自治体が十分な予算を確保し、10年単位で長期的な事業を継続していくかどうかが問題解決のカギを握っている。
多岐にわたる注文かもしれない。都会の暮らしに慣れた人に、被害の実感は湧かないかもしれない。だが、食料自給率の低い日本で農産物が荒らされ、さらに山林荒廃による災害リスクを考えれば、関係者だけの問題では済まない。すべての人と一緒になって解決策を考えていきたい。
2014年6月12日
転載元:http://mainichi.jp/shimen/news/20140612ddm005070007000c.html