類を見ない狩猟本に潜む、食についての根源的な問い。 ~『ぼくは猟師になった』を読む~
ユニークな狩猟本だ。銃や猟犬を使わないワナ猟というのが珍しい。著者も“まえがき”で書いている。猟師になろうと思ったころ「ワナ猟に関する本は皆無に等し」かった、と。獣を獲るにはワイヤーで自作するククリワナを、鳥には網を使う。中学生の頃から文明の利器の銃での猟はずるいと思い、動物との原始的レベルの駆け引きになるワナ猟に魅力を感じていた、という。ページに溢れるのは、自分で獲った鳥獣、魚、山菜を食べる京都の山里暮らしの喜びだ。子供のころ夢中になった遊びを続ける大人の趣きで、うらやましくなってくる。
著者は運送会社に勤めながら「自分で食べる肉は自分で責任を持って調達する」猟師(プロではない)。カラー写真入りで平明に語られるワナ、網による捕獲法も興味深いが、その上を行くのが獲物の解体から精肉までの手順とそのレシピ。フレンチの凝ったジビエ(獲った野生鳥獣)料理ではない。台所での家庭料理だ。
「鍋や炒め物、焼き肉、どんな料理でもおいしく食べられるイノシシに対し、シカは料理法が限られています。刺し身やタタキ、時雨煮にすればおいしいですが、焼き肉にはあまり向きません」。紹介される料理の数々がどれもじつに美味しそうだ。さらに、皮をなめしてカバンや小物作り。こんな狩猟本は初めてではなかろうか。
■「エコ」、「スローライフ」の流行にさらりと触れる。
著者の経歴もユニークだ。動物好きの少年は獣医を志望するが、大学の獣医学部の受験直前に車にひかれた猫をみて進路変更。文系に変わって京大に入ったものの4年間休学(!)してアジア放浪。帰国後アルバイト先の運送会社でワナ猟のベテランに会い、教えを願ってワナ猟師に。
力まない自然体の語りが、ゆるキャラめいて味がある。しかし、動物愛護団体への違和感、国々の食文化の違いで起こる摩擦や、「エコ」、「スローライフ」といった“流行”にさらりと触れる発言が油断出来ない。読者は面白がってページをめくるうちに、「食」の問題、「自然との共生」の課題、「働き方」のあり様、「幸せな生き方」とは、などと考え始めている自分に気づかされるはずだ。