捕獲クマ、殺さず放つ NPOに同行[山梨県]


NPO法人「山梨ツキノワグマレスキュー」(北杜市)は、捕獲されたクマを殺さずに山奥に放す取り組みを続けている。8月のある日、クマ放獣の作業に同行した。
この日の朝、NPO代表理事の清水邦彦さん(59)の携帯電話が鳴った。県西部のある市で、クマが捕獲用のオリにかかったので放獣してほしいという。養蜂家のハチミツ目当てに出没したため、市が3日前にオリを仕掛けていた。
■作業、待ったなし
清水さんはすぐNPOの獣医師2人に出動を要請。急がないとクマが暴れて衰弱する恐れがあり、放獣は待ったなしだ。午後2時、3人が市職員と合流して現地に向かった。
道路わきの物陰に、ドラム缶を二つつないだオリがあった。獣のにおいが立ちこめている。クマは落ち着いているらしく、ほとんど物音はしない。
「フウーッ」。清水さんがオリの隙間から吹き矢で麻酔薬を打ち込む。中は暗くて見えにくいが、2発目で命中した。15分後、獣医師が麻酔の効き目を確認し、クマをオリから引き出す。5歳ほどのオスの成獣で健康状態はよさそうだ。時折、低くうなり声を上げるが、よく眠っている。
4人がかりで道路まで運ぶ。ネットでくるんでつるし、体重を量ると65キロあった。識別用のタグを耳につけ、軽トラックの荷台に積まれた放獣用のオリに入れた。現地到着からここまで1時間余り、作業は順調に進んだ。約1時間半かけて人里離れた山奥まで運び、夕方、クマは放された。
清水さんは「今回、人間に怖い思いをさせられた体験に懲りて、二度と人里に近づかなければいいのですが。再び捕まれば、次は殺されてしまうかもしれませんから」と話した。
山梨ツキノワグマレスキューは、クマの放獣を専門に請け負うNPOとして2010年に発足した。シカやイノシシのわなに誤ってかかったクマも、放獣の人手がなく殺されることが多く、1頭でも多く救いたいとの思いだった。
会員は獣医師や自営業者ら12人。自治体の依頼を受けて現地に出向くが、昨年の出動はゼロ、今年は今回が初の出動だった。ほかにも放獣を手がける個人や団体はあるが、県内で昨年捕獲された22頭のうち放されたのは3頭だけだった。
■生息数723頭と推定
県内のクマ生息数は723頭と推定され、県は年間の捕獲を70頭までに制限している。増えすぎて1万2千頭の捕獲を目指すシカとは異なり、適切な保護と被害防止の両立が求められる点が難しいところだ。
清水さんは「県はできるだけ放獣するよう市町村を指導していますが、まだ十分行き渡っていません。作物が被害に遭った農家の怒りも分かりますが、一度は放獣を考えてほしいと思います」と話している。(谷口哲雄)