ミズバショウの花が 泣いてる 尾瀬のシカ被害やまず[群馬県]
群馬、栃木、福島、新潟の4県にまたがる尾瀬国立公園でニホンジカによる希少植物の被害が止まらない。近年では尾瀬の代名詞、ミズバショウも食べられたり荒らされたりするようになり、関係者は危機感を募らせている。実態を知ろうと、現地を歩いた。
六月十一日、片品村の登山口、鳩待(はとまち)峠から歩くこと約一時間。多くの登山客でにぎわう尾瀬ケ原の入り口に着いた。湿原に延びる木道を進むと、水辺一面に広がる白い花に目を奪われた。ミズバショウだ。
聞いていたような被害はなく、ほっとしたのもつかの間。撮影スポットとして有名な下ノ大堀(しものおおほり)川で、ミズバショウの一部が根元から掘り返されたような跡を見つけた。さらに、木道が交差する竜宮十字路の近くに向かうと、湿地に大きなくぼみができたり植物が倒されてめちゃくちゃになったりしていた。思わずため息が出る。
「尾瀬の一番の見どころが駄目になってしまい、残念。下ノ大堀川の周辺は、以前は被害がなかったのだが…。シカは生息場所を年々変えている」。片品山岳ガイド協会の松浦和男会長(73)は肩を落とす。
群馬県や松浦会長によると、ニホンジカが尾瀬に現れるようになったのは一九九〇年代半ば。例年、雪解け後に日光方面からやってくる。天敵が少なく繁殖力が高い上、地元猟師の高齢化もあって数が増え、二〇〇九年ごろからは植物が食べられる食害が拡大した。
湿原を歩き回ったりダニなどを取ろうと泥に体をこすり付けたりし、周囲の植物まで荒らすケースも目立っている。
国や自治体は対策に懸命だ。主に環境省が駆除を続けてきたが、群馬県も昨年、わなを使った捕獲を始め、春と秋に計百四十八頭を捕まえた。今年は春だけで百五十二頭。妊娠した雌が多く、繁殖を未然に防げた。
竜宮十字路近くの山小屋の小屋主萩原澄夫さん(60)は「数年前に比べ、この辺りでは被害が減った印象だ。捕獲の効果ではないか」と話す。
ただ、生息場所を変えるニホンジカは個体数の正確な把握が難しい。食害も続いており、県の担当者は「どれだけ捕獲すればいいのか現時点では分からない。今後も地道に続けていく」と気を緩めない。
行き合った登山客の男性は「そんなに被害がひどいとは実感できない」と話した。貴重な自然はまだ壊滅したわけではない。「取り返しがつかなくなる前に何とかしなければ」。そんな思いを抱きながら帰路に就いた。